津地方裁判所四日市支部 昭和43年(ワ)32号 判決 1968年10月07日
主文
被告は原告長田早子に対し金一、七一五、〇〇〇円同長田克彦に対し金二四〇万円及びこれにつき昭和四二年三月一七日から右支払いすみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その六を原告らの、その余を被告の各負担とする。
この判決の第一項は仮りに執行することができる。
事実
原告ら訴訟代理人は「被告は原告早子に対し金四、二〇二、三〇三円、同克彦に対し金六、三四四、八〇六円及びこれにつき昭和四二年三月一七日から右支払いすみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
「一、原告早子(昭和一一年生)は亡訴外長田実(昭和一〇年生)の妻で、同克彦(昭和三八年生)は右両名間の実子である。
二、右実は昭和四一年一〇月二日午後七時ごろ、軽四輪乗用自動車に原告両名を乗せて、奈良市中畑町八〇七番地先名阪国道を桑名に向け運行中、たまたま同所を大阪に向け進行していた訴外杉浦広一運転の小型四輪貨物自動車と衝突した。同事故により、右実は即死し、原告早子も脳震盪右尺骨々折等で治療約九〇日の、同克彦も左側頭部擦過傷で治療約八日の各傷害を負つた。
三、前記貨物自動車は被告が訴外英和石油産業株式会社から借りて営業用に使用中のものであり、これを、被告の元従業員で同年九月三〇日に退職した右杉浦が身の廻り品を名古屋市内の実家へ運ぶために被告から借りて運行中、前記衝突事故を起したものである。
四、(1) 前記実は事故当時訴外稲垣塗工株式会社の取締役兼工場長で六五才までなお三四年間勤務でき、年四九六、九〇六円の給与収入を得ていたから、これより同人の年間生活費一〇八、〇〇〇円を控除し、ホフマン式によつて同人の得ることのできた利益を算出すると、金七、六〇四、二七九円となる。このうち金六、五一七、二一〇円につき、原告早子が三分の一の金二、一七二、四〇三円を、同克彦が三分の二の金四、三四四、八〇六円をそれぞれ相続した。
(2) 原告早子はその負傷の治療費として金二九、〇〇〇円を支払つた。
(3) 原告早子は昭和三六年三月二六日右実と婚姻し、原告克彦をもうけ円満な家庭生活を続け、右実も原告早子の実兄の経営する前記会社の取締役として活躍し希望にあふれた毎日を過していたが、本件事故により最愛の夫を失い、未だ幼い原告克彦を抱え将来生活して行く苦しみを考えると、その悲嘆は筆舌に尽し難いものがある。また、原告早子自身も前記負傷をし以来同年末月まで治療を受けたほどであり、以上の精神的苦痛を慰藉する額は金二〇〇万円をもつて相当と思料される。
(4) 原告克彦も、本件事故により幼にして父を失い、毎日父の名を呼んでいるほどで、将来にわたつてその精神的苦痛と社会的不利益は極めて大きく、その苦痛を慰藉する額は金二〇〇万円をもつて相当と思料される。
五、よつて、本件貨物自動車の運行供用者である被告に対し、原告早子は右四の(1)(2)(3)の合計額、同克彦は(1)(4)の合計額及びこれにつき昭和四二年三月一七日から右支払いすみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。」と述べ、
被告の主張に対し、「(1)本件では前記杉浦の過失は否定しがたく、また、同人に対する被告の注意も、その責任を免れうる程のものではない。(2)、原告らは保険金一五〇万円を受領し、うち金一〇〇万円を四の(1)の損害金に充当した。」と述べた。
証拠(省略)
被告訴訟代理人らは、「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として、「原告ら主張の請求原因一ないし三の事実(但し、二の傷害の部位程度は不知)四の事実中相続の点は認めるが、その余は不知、計算関係、金額を争う。被告は前記杉浦から頼まれ、同人に本件貨物自動車を貸す際、(1)ガソリンは同人の負担とする、(2)整備は十分する、(3)運転は慎重にして事故を起さないよう十分注意する等の条件を付し、同人はそれに従つて運転中本件事故に遭遇したのであるが、本件運行の利益はすべて杉浦に帰属し、被告は損失こそこうむつても、何ら対価を得ておらず、全く利益を受けていない。従つて被告には運行供用者としての責任はない。」と述べ、仮りにそうでないとしても、「一、本件事故の原因は前記実の一方的、重大な過失によるもので、右杉浦には過失はなく、また、当時本件貨物自動車には何ら性能構造上の欠陥がなかつたから、被告には責任がない。
二、かりに、責任があるとしても、(1)、前記実の所得を立証する所得税源泉徴収簿は法令に従つて作成されていないし、真実性に乏しいものであるから、その算定の基礎にはならない。(2)、右実は事故直前パンクした自動車をジグザグ運転し、しかも、同人は当日四日市から奈良に遊び、休憩もせず疲労のうえに飲酒して無謀運転していたため本件事故を惹起したのであるから、過失相殺されるべきである。(3)、原告らは強制保険から保険金一五〇万円を受領している。」と述べた。
証拠(省略)
理由
一、責任について
原告主張の請求原因事実一ないし三(但し、二の傷害の部位程度を除く)は当事者間に争いはなく、成立に争いのない甲第一ないし第三号証、第七号証の一ないし一六、証人杉浦広一の証言並びに原告早子本人尋問の結果によると、前記杉浦が大阪市内の被告の寮においていた身の廻り品等を名古屋市内の実家に運んだ後、その日の夕方実家から同車を返すため再び大阪に向い、時速約五〇キロメートルで本件事故現場附近にさしかかつた際、前方数十メートルに蛇行しながら対向して来る本件乗用自動車を認めたこと、右現場道路(幅九メートル)は一〇〇分の六の長い下り勾配が続いていて、左へ緩やかなカーブをなしており、当時雨が降つていて車輪が滑り易い状態であつたのに、同人はそのまま進行し、右対向車と約一二・五メートルに迫つて、同車がセンターラインを超えて自車の進路の正面に進出しそうな気配を見て、衝突の危険を感じ、急ブレーキをかけたため、自車をスリツプさせて対向車の前面に突込ませ、自車左前部を対向車の右側前部に衝突させたもので、事故の原因は、同人が夜間道路の状況に応じ安全なスピードで運転する等の注意を怠つたことと、前記実が蛇行運転をし、センターラインに寄りすぎる等、相手側に危険を感じさせるような運転をしたことによつて惹起されたものであること、同事故により、原告らはその主張のとおりの負傷をしたことが認められる。証人杉浦広一、同久保田修正の証言中右認定に反する部分はたやすく信用できず、被告主張の、本件乗用自動車のパンク(前記甲第一七号証の一六によると事故後であると認められる)、右実の飲酒運転の点はこれを認めうる証拠がない。
右事実からすると、前記貨物自動車につき正当に使用する権限を有していた被告が、雇用関係の終了に接着して、その事実上の終了のため、使用目的を限つて元従業員の杉浦にその運行を許し、同人がその許された運行をしていた際、本件事故を惹起したもので、右運行については、被告もその支配及び利益を有していたと解するのが相当であり、しかも同人には前記過失があつたのであるから、本件貨物自動車の性能構造上の欠陥の有無にかかわりなく、被告はその運行供用者としての責任を免れることができないものといわねばならない。
二、損害について。
原告両名は、その主張のとおり亡実を相続したこと、保険金一五〇万円を受領したことは当事者間に争いはなく、証人稲垣進(第一、二回)の証言、原告早子本人尋問の結果によつてそれぞれ真正に成立したと認められる甲第四、五、九号証、右同証言並びに本人尋問の結果によると、
(1) 亡実は、原告ら主張のとおりの地位にあつて、年金四九六、九〇六円の給料収入を得、その生活費として年金一〇八、〇〇〇円を要しており、今後、六五才まで三四年間勤務できたことが認められるから、右収入から生活費を控除したうえ、ホフマン式によつて同人の得ることのできた利益を算出し、なお、同人の前記過失を考慮すると、右のうち、被告に対して請求しうる額は金三六〇万円をもつて相当とする。
(2) 原告早子はその主張のとおり治療費を支出していることが認められ、このうち、前同過失を考慮すると、被告に対し請求しうる額は金一五、〇〇〇円をもつて相当とする。
(3) 原告らは、それぞれ、その主張のとおりの事情のもとで、多大の精神的苦痛を受けたことが認められ、前同過失を考慮すると、それを慰藉する額は各金一〇〇万円をもつて相当とする。
三、結論
被告は原告早子に対し、右(1)の相続分(三分の一)と(2)(3)の合計金二、二一五、〇〇〇円から、受領した保険金のうち金五〇万円(相続と同割合で充当したと認める。)を差引いた金一、七一五、〇〇〇円、原告克彦に対し、(1)の相続分(三分の二)と(3)の計金三四〇万円から受領した保険金のうち金一〇〇万円(前同旨)を差引いた金二四〇万円、及びこれらにつき不法行為後である昭和四二年三月一七日から右支払いすみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務を負うものといわねばならないから、原告らの本訴請求は右限度において理由があり、その余は理由がない。
よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。